2009年 07月 17日
いろいろな記事
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ここに書かなきゃいけないような、重要なニュース、すてきな記事がいっぱいです。
■昨日の裁判の様子が、けさの京都新聞、三面の真ん中にのっています。
「3分と言わずに5分間どうぞ」という裁判長のやさしい言葉が印象的です。
「作戦タイムってあり?」 京大座り込み明け渡し訴訟 (京都新聞7月17日)
京大・土地明け渡し訴訟:元職員「作戦タイムありですか」 裁判長が認める /京都 (毎日新聞7月17日)
■教員有志による5年条項見直しの要望書に対して、松本総長は「今秋にも必要な検討を行う」と回答したそうです。
制度見直しへ教員ら要望書 京大「雇い止め」問題 (京都新聞7月15日)重要
■今日発売の『週刊金曜日』7月17日号、シリーズ「生きている労働組合」で、ユニオンエクスタシーが採り上げられました。「大学非常勤職員を『使い捨て』にするな――新たなつながりを生んだ『生存運動』」。
筆者は、『介護労働を生きる』を書かれた白崎朝子さん。思えば、3月の緊迫したくびきりアイランドに泊り込みで取材をしていただきました。「支援者」がどのような気持ちでクスノキ下に集まっていたのか、この運動の広い意味まで踏み込んだルポになっています。ぜひみなさんお読みください。
■新聞『ふぇみん』7月15日号にも、「京都大学非常勤職員の闘争 ユニオン・エクスタシー」が掲載されました(筆者は山本柚さん)。
女性労働の視点から、5年条項の問題点について的確に書かれています、同時に「遊び心いっぱい!」のキャッチコピーのとおり、私たちの方向というか、どういうことを考えてやっているかということもちゃんと書いていただいています、素敵な記事です。
■ウィメンズ・アクション・ネットワークのホームページに、伊田久美子さん(イタリア文学)が「非正規労働に支えられる大学――大学における男女共同参画の課題」という文章を発表しています。いまに限らず70年代や80年代からずっと、京大では女性の非常勤職員が劣悪な条件で働き、教育研究を下支えしてきた、という証言です。
臨職闘争のこと、保育所の有期雇用のこと、そしてご自身の有期だった助手時代のこと、についても。思えば、私(kyohe)のイタリア語初級は教室の助手だった伊田さんでした。文学部東館の薄暗い部屋、黒板があって、伊田さんがいて、でもその先を思い出せない、ほとんど授業に行ってなかったからです、伊田さんも私のことをおぼえてないでしょう。
ダッラ コスタの「愛の労働」を訳されたころ、わたしらにとってキラキラしていた存在だった伊田さん、その頃にはあまり接点をもてなかったのですが、いまこそ、いろいろ教えていただきたいと思っています。
■昨日の裁判の様子が、けさの京都新聞、三面の真ん中にのっています。
「3分と言わずに5分間どうぞ」という裁判長のやさしい言葉が印象的です。
「作戦タイムってあり?」 京大座り込み明け渡し訴訟 (京都新聞7月17日)
京大・土地明け渡し訴訟:元職員「作戦タイムありですか」 裁判長が認める /京都 (毎日新聞7月17日)
■教員有志による5年条項見直しの要望書に対して、松本総長は「今秋にも必要な検討を行う」と回答したそうです。
制度見直しへ教員ら要望書 京大「雇い止め」問題 (京都新聞7月15日)重要
■今日発売の『週刊金曜日』7月17日号、シリーズ「生きている労働組合」で、ユニオンエクスタシーが採り上げられました。「大学非常勤職員を『使い捨て』にするな――新たなつながりを生んだ『生存運動』」。
筆者は、『介護労働を生きる』を書かれた白崎朝子さん。思えば、3月の緊迫したくびきりアイランドに泊り込みで取材をしていただきました。「支援者」がどのような気持ちでクスノキ下に集まっていたのか、この運動の広い意味まで踏み込んだルポになっています。ぜひみなさんお読みください。
■新聞『ふぇみん』7月15日号にも、「京都大学非常勤職員の闘争 ユニオン・エクスタシー」が掲載されました(筆者は山本柚さん)。
女性労働の視点から、5年条項の問題点について的確に書かれています、同時に「遊び心いっぱい!」のキャッチコピーのとおり、私たちの方向というか、どういうことを考えてやっているかということもちゃんと書いていただいています、素敵な記事です。
■ウィメンズ・アクション・ネットワークのホームページに、伊田久美子さん(イタリア文学)が「非正規労働に支えられる大学――大学における男女共同参画の課題」という文章を発表しています。いまに限らず70年代や80年代からずっと、京大では女性の非常勤職員が劣悪な条件で働き、教育研究を下支えしてきた、という証言です。
臨職闘争のこと、保育所の有期雇用のこと、そしてご自身の有期だった助手時代のこと、についても。思えば、私(kyohe)のイタリア語初級は教室の助手だった伊田さんでした。文学部東館の薄暗い部屋、黒板があって、伊田さんがいて、でもその先を思い出せない、ほとんど授業に行ってなかったからです、伊田さんも私のことをおぼえてないでしょう。
ダッラ コスタの「愛の労働」を訳されたころ、わたしらにとってキラキラしていた存在だった伊田さん、その頃にはあまり接点をもてなかったのですが、いまこそ、いろいろ教えていただきたいと思っています。
by unionextasy
| 2009-07-17 23:15
| 活動記録






