2009年 07月 01日
明け渡し裁判の傍聴にお越しください
|
明日2日は、明け渡しの裁判の第2回期日があります。
10:40~京都地裁208法廷です。
傍聴歓迎ですので、どなたもぜひお越しください。
※私たちがきのう徹夜で書いた準備書面を、以下に公開します。
平成21年(ワ)第1358号 土地明渡請求事件
原告 国立大学法人京都大学
被告 京都大学時間雇用職員組合Union Extasy 外2名
準 備 書 面
2009年6月30日
京都地方裁判所 第6民事部 御中
被告 井上昌哉
小川恭平
はじめに
貴裁判所にまずご理解いただきたいのは、クスノキ前の占拠は、ストライキであるということです。少なくとも、そう思ってやっていることです。単なる不法占拠ではありません。
裁判長、私たちのストライキは、非常勤職員一律で5年で雇い止めという、労働者使い捨てここに極まれりのような5年条項に反対して行っているものです。
原告は、京大非常勤2600名、ひいては有期雇用で働く何百万人の人の生活が係わっているこの大問題を、こんな明け渡しの矮小な問題にすり替えようとしている。それもその理由というのが、自分の土地だとか、みかけがどうの、クスノキがシンボルだ、など議論する気にもなれないようなことばかり。裁判長も訴状を読んでうんざりされたことと思います。
わざわざ、裁判所にお手数をおかけするのなら、この問題の本質である5年条項について堂々と議論し合うべきではないだろうか。
私たちはそういう気持ちでいます。
1 こんな裁判はおかしい
訴状では、私たちが原告のイメージを悪化させている、いう口ぶりです。
むしろ、京都大学のイメージを低下させているのは京都大学自身ではないでしょうか?
5年で雇い止めという恥ずべき条項をもっていること。労働者を大切にせず、団体交渉にも応じないという労組法違反を堂々と犯していること。さらにその上、その労組に向かって明渡訴訟を提起すること。すべて京都大学自身で行い、その結果、自らイメージを低下させています。
京都大学は、京都府下でも、最大の労働者を雇用している大事業体です。5年条項を撤廃し、労働者を大切にする、そんな事業体であることを示すことこそが、京大の社会的責任ではないでしょうか。また、その前段階として、団体交渉にも誠実に応じ、労組法を遵守することで、これ以上イメージを低下させないよう努力すべきではないでしょうか。
労働法の前提にあるのは、労働者と使用者の絶対的な格差です。憲法で、労働者に、団結権・団体交渉権・争議権、が認められているのは、この差を考慮した結果です。法で守られた労働者と、使用者とが誠実に交渉することで、やっと両者は対等になれるわけです。団体交渉に誠実に応じない京都大学こそが「公正さ」を踏みにじっています。公正さが担保されない社会で、自由は望めないでしょう。
そして、理性的で知的な場を運営している大学が、理性的な話し合いを放棄し、司法介入を要請するということは前代未聞のことであり、大学という場への期待を裏切る行為です。
貴裁判所におかれましても、自治機能を持つ機関が、自力での解決の努力を全くせず、安直な訴えをすることについて、迷惑といいましょうか、突き返したいお気持ちになっていることでしょう。
原告は今すぐ、このおかしな訴訟を取り下げるべきです。
2 5年条項について
国立大学法人京都大学時間雇用教職員就業規則
第4条 時間雇用教職員の契約期間は、一の事業年度以内とする。
2 契約期間はこれを更新することがある。ただし、時間雇用教職員として雇用される期間が、通算5年を超えないものとする。(乙1号証)
つまり、
2004年の法人化のときに、今後雇う非常勤職員については、5年で自動的に雇い止めを行う、という規定を大学は作ったのです。1年契約・更新4回までということです。
2010年度はその最初の5年目にあたる職員がでる、それを予定通り、首にすると発表しました。
つまり毎年毎年、自動的に大量解雇をしていくということです。非常勤職員は全職員の過半数の2600名、そのうち1300名が法人化以後雇った人だということでした。
私たちは、この規定は首切りのための首切りであると考えます。
京大職組さんの団交で大西珠枝理事がはっきり表明したようです。「有期雇用契約であっても、長期に反復更新すると解雇規制法理が働く。5年条項はそれを防ぐためのものである。」(乙2号証)
つまり、期待権が発生しないように、いつでも簡単に首を切れる人員を確保するために5年で首を切る、そんな労働法の精神を無視した無法がまかりとおってよいものなのでしょうか。
3 これは労働争議である
私たちは、2月から4ヵ月以上にわたり、時計台前広場のテントで生活してきました。原告の訴状では、まるで私たちが意味もなく不法占拠しているかのように書かれていますが、決してそうではありません。
今年の1月、「京大100人『雇い止め』」と題された共同通信の記事が、新聞トップに出ました(乙7号証)。ちょうど東京の「年越し派遣村」が連日報道されていた頃、5年条項による京大の雇い止め問題を大きく報じたものです。その記事の中に、京大人事企画課のコメントとして、「非常勤職員の業務は臨時的で補助的。雇用期間の上限は採用時に個別に伝えており、トラブルにはならない」という文言がありました。
私たちはこれを読んで、とても腹が立ちました。なぜなら、京大非常勤の多くは正規職員となんら変わらぬ業務を行っていますし、また、採用時に雇用期間の上限を伝えられたことなどもなかったからです。(こんな平然と人を使い捨てにするようなことをして、トラブルにならないなんてことがあるものか。)さっそく当局へ抗議に行くと、記事と同じ内容を繰り返すばかりか、まるで人を人とも思わぬ態度。ここまでバカにされたらもう決起するしかない、と思いました。
5年条項の撤廃を掲げて、座り込みの抗議ストを行うのはいいとしても、その場所をどうするか。そのために、京大キャンパスの最も目立つ地点であり、いわば象徴的な場所でもある時計台前の広場を選んだのは、ごく自然なことでした。なぜなら、当時ほとんど知られていなかったこの5年問題、そして大学非常勤職員が置かれている状況を、広く学内や社会にアピールするためには、人通りも多く、人目につきやすいこの広場が最適であったからです。ここは多くの学生、職員が行き交い、学外からの観光客も訪れ、イベントも開催されるようなパブリックフォーラムです。言い換えるなら、そこに張られた私たちのテントは、2600人の京大非常勤に対してストライキに立ち上がるよう呼びかけるためのピケットラインであり、そして同時に、広く世間に5年条項の不当性を訴えるためのデモンストレーションの場でもあったのです。
また、そもそも私たちには(再三の要求にもかかわらず)組合の事務所が与えられておらず、争議中の団結維持や情報交換など、ストライキの実効性を確保するためにも、キャンパス内で座り込みを行うことが必要であったのです(付随的職場占拠)。
さらに、雇用期限の切れた4月1日以降は、雇い止めの無効を主張し、京大図書館での新たな仕事をあっせんするよう、そしてそのために団交を開催するよう、当局に対して訴えています。当局側が主張するように、私たちが各部局ではなく京都大学によってこそ雇われているのだとするなら、自らの雇用を防衛するために占拠すべき職場はまず何よりも京都大学であり、その象徴でもある時計台前広場に他なりません(積極的職場占拠)。
さて、こうして時計台前でストライキを続けるあいだ、私たちは団交の開催を求めて当局と交渉を続けてきました。団交に応じさえすれば、テントは自主撤去する旨の申し入れも、繰り返し行っています(乙9号証)。しかし当局の態度は、不当な人数制限を私たちに強要したり、責任者の岸本佳典総務部長が予備折衝を一方的に打ち切ったり、その後、一切の交渉に応じないと言い出したり、一貫して不誠実なものでした。そこで私たちは仕方なく、京都府労働委員会へ、団交開催のためのあっせんをお願いすることになったのです(乙5号証)。
大学は、私たちのテントが「不法占拠」である、と言います。そして「施設管理権」を振りかざして、私たちのテントを強制撤去しようとしたり、教授会で警察の導入を匂わせたり(乙6号証)、電気コードを切断したりする等の、執拗な嫌がらせを行ってきました。
また、訴状の中で、私たちのストライキが無届け集会であるから不法占拠である、という論理を展開していますが、しかしそもそも組合の集会を許可制にすること自体、憲法で労働者に保障された集会の自由、あるいは団結権、団体行動権を侵害するものとして、違法なものです。
正当な争議行為である私たちの訴えに対して、なんら誠意ある対応を行わず、かえって強権的手段をとる今の京大当局の態度は、長くこの大学にいる私たちにとって、とても理解しがたいものです。
どうか当局は話し合いに応じてください。
4 ドラム缶風呂について
訴状では、原告は入試時のデモストレーションについて、問題にしたい書きぶりですが、正直にいいましてその理由がわかりません。
争議行為ですので、当然わたしたちの考えがわかるように、情宣活動はしてきています。
入試時はストライキを始めて3日目、この5年条項についてまだ多くの人が知らない時期でしたので、ここに問題が存在しているということを知らせるのが、訴えの一番重要な点だと思っていました。入試の邪魔をすることは目的ではないので、昼休みにアピールをしました。つい、試験で緊張している受験生の気持ちを転換させたり、やわらげたいという思いが強くなりすぎて、ストライキなのに肝心の主張をいいたりないくらいでした。もちろん、おもしろみをもった感じで、
「墨汁でもって、答案用紙には大きな文字で、くろぐろと、くびきりやめろ、と書いてください。」
なんていったり、
「みなさんがんばってください。しかし3月でくびになるわたしたちは、4月新入生となった君たちに会えなくてさみしい気持ちになります。」といったりしました。正直な気持ちでした。
また、ドラム缶風呂のパフォーマンスを行ったのは、全ての入学試験が終わった夕方です。それは受験生にとって、長い受験勉強から解放される瞬間です。外でお風呂に入るという形で、その解放感を共有しながら、「受験生を全員合格させよ」なんていいながら、くびにするな、というシンプルなメッセージを伝える、とても上質なデモストレーションだったと思います。(警官が来ましたが、入り口付近でおもしろがって見ているだけでした。)
5 くすのきのこと
そもそも、ストライキを始めて二日目、時計台前の広場にテントを立てていると、職員課からそこは交通の邪魔になるといわれ、仕方なしに、くすのきの根本に移動したわけで、我々にとっては、とくにこの木の元でストライキをしていることに意味はありません。原告はシンボルといっているが、いったいそれはどういう意味なんでしょうか。
私たちは、毎日くすのきの下にいるうちに、この木に親しみを感じ、また雨や風から守っていただいているという気持ちになってきました。なので、原告から言われるまでもなく、この木の生育に対して我々が悪影響を与えていないか心配してきました。
生態学者や樹木医などの専門家から意見を聞くと、土を踏み固めるのがよくないとのことでした。それで、出入り口を前にする、テントの規模を縮小するなど、最大限、足を踏み入れるところを減らすように努力してきました。(乙9号証)
それに対して、原告はいったいこのクスノキに対して何をしてきたというのでしょうか。
原告はストライキをしている場所について「地盤を荒らすな」とか、芝を荒らすな(施設部)、などの指摘をしてきました。それは、クスノキの生育にとっては全く的はずれな意見です。その的はずれな感じが示しているように、原告はこの木に対してちゃんとケアをしてこなかったのです。
樹木医さんはいいます、木は森の状態であるべきなのに、一本で立っていること自体でケアが必要だと。そのうえ、この木は、学園紛争当時、のこぎりで切られたり、火をつけられたりなどの傷を負っています。それなのに原告は5年前に木が弱ったからといってDoパイプを10本埋めるなどの場当たり的なことをしただけで、たいしことをしてこなかったのです。そればかりか、十年くらい前でしょうか、時計台周辺をきれいにする工事で作られた、クスノキの植え込みをぐるっと取り囲んでいる大理石の石組み。排水口がなく、これでは「滞水の可能性」があり、この木にかなりのダメージをあたえているだろうとのことです。
シンボルという言葉が何を指しているか不明ですが、いままで見かけをきれいにするだけで大してケアをしてこなかったのに、仮に木の生育が悪くなれば、私たちのせい、損害賠償まで請求するなんて、笑止千万、いいがかりにも程があります。
6 もはや訴えの利益はなし
裁判長、見てください(乙10号証)。
我々は、もうクスノキ下を占拠していません。
原告の訴えの利益はないと思いますが、いかがでしょうか?
※乙10号証(クスノキの写真)
10:40~京都地裁208法廷です。
傍聴歓迎ですので、どなたもぜひお越しください。
※私たちがきのう徹夜で書いた準備書面を、以下に公開します。
平成21年(ワ)第1358号 土地明渡請求事件
原告 国立大学法人京都大学
被告 京都大学時間雇用職員組合Union Extasy 外2名
準 備 書 面
2009年6月30日
京都地方裁判所 第6民事部 御中
被告 井上昌哉
小川恭平
はじめに
貴裁判所にまずご理解いただきたいのは、クスノキ前の占拠は、ストライキであるということです。少なくとも、そう思ってやっていることです。単なる不法占拠ではありません。
裁判長、私たちのストライキは、非常勤職員一律で5年で雇い止めという、労働者使い捨てここに極まれりのような5年条項に反対して行っているものです。
原告は、京大非常勤2600名、ひいては有期雇用で働く何百万人の人の生活が係わっているこの大問題を、こんな明け渡しの矮小な問題にすり替えようとしている。それもその理由というのが、自分の土地だとか、みかけがどうの、クスノキがシンボルだ、など議論する気にもなれないようなことばかり。裁判長も訴状を読んでうんざりされたことと思います。
わざわざ、裁判所にお手数をおかけするのなら、この問題の本質である5年条項について堂々と議論し合うべきではないだろうか。
私たちはそういう気持ちでいます。
1 こんな裁判はおかしい
訴状では、私たちが原告のイメージを悪化させている、いう口ぶりです。
むしろ、京都大学のイメージを低下させているのは京都大学自身ではないでしょうか?
5年で雇い止めという恥ずべき条項をもっていること。労働者を大切にせず、団体交渉にも応じないという労組法違反を堂々と犯していること。さらにその上、その労組に向かって明渡訴訟を提起すること。すべて京都大学自身で行い、その結果、自らイメージを低下させています。
京都大学は、京都府下でも、最大の労働者を雇用している大事業体です。5年条項を撤廃し、労働者を大切にする、そんな事業体であることを示すことこそが、京大の社会的責任ではないでしょうか。また、その前段階として、団体交渉にも誠実に応じ、労組法を遵守することで、これ以上イメージを低下させないよう努力すべきではないでしょうか。
労働法の前提にあるのは、労働者と使用者の絶対的な格差です。憲法で、労働者に、団結権・団体交渉権・争議権、が認められているのは、この差を考慮した結果です。法で守られた労働者と、使用者とが誠実に交渉することで、やっと両者は対等になれるわけです。団体交渉に誠実に応じない京都大学こそが「公正さ」を踏みにじっています。公正さが担保されない社会で、自由は望めないでしょう。
そして、理性的で知的な場を運営している大学が、理性的な話し合いを放棄し、司法介入を要請するということは前代未聞のことであり、大学という場への期待を裏切る行為です。
貴裁判所におかれましても、自治機能を持つ機関が、自力での解決の努力を全くせず、安直な訴えをすることについて、迷惑といいましょうか、突き返したいお気持ちになっていることでしょう。
原告は今すぐ、このおかしな訴訟を取り下げるべきです。
2 5年条項について
国立大学法人京都大学時間雇用教職員就業規則
第4条 時間雇用教職員の契約期間は、一の事業年度以内とする。
2 契約期間はこれを更新することがある。ただし、時間雇用教職員として雇用される期間が、通算5年を超えないものとする。(乙1号証)
つまり、
2004年の法人化のときに、今後雇う非常勤職員については、5年で自動的に雇い止めを行う、という規定を大学は作ったのです。1年契約・更新4回までということです。
2010年度はその最初の5年目にあたる職員がでる、それを予定通り、首にすると発表しました。
つまり毎年毎年、自動的に大量解雇をしていくということです。非常勤職員は全職員の過半数の2600名、そのうち1300名が法人化以後雇った人だということでした。
私たちは、この規定は首切りのための首切りであると考えます。
京大職組さんの団交で大西珠枝理事がはっきり表明したようです。「有期雇用契約であっても、長期に反復更新すると解雇規制法理が働く。5年条項はそれを防ぐためのものである。」(乙2号証)
つまり、期待権が発生しないように、いつでも簡単に首を切れる人員を確保するために5年で首を切る、そんな労働法の精神を無視した無法がまかりとおってよいものなのでしょうか。
3 これは労働争議である
私たちは、2月から4ヵ月以上にわたり、時計台前広場のテントで生活してきました。原告の訴状では、まるで私たちが意味もなく不法占拠しているかのように書かれていますが、決してそうではありません。
今年の1月、「京大100人『雇い止め』」と題された共同通信の記事が、新聞トップに出ました(乙7号証)。ちょうど東京の「年越し派遣村」が連日報道されていた頃、5年条項による京大の雇い止め問題を大きく報じたものです。その記事の中に、京大人事企画課のコメントとして、「非常勤職員の業務は臨時的で補助的。雇用期間の上限は採用時に個別に伝えており、トラブルにはならない」という文言がありました。
私たちはこれを読んで、とても腹が立ちました。なぜなら、京大非常勤の多くは正規職員となんら変わらぬ業務を行っていますし、また、採用時に雇用期間の上限を伝えられたことなどもなかったからです。(こんな平然と人を使い捨てにするようなことをして、トラブルにならないなんてことがあるものか。)さっそく当局へ抗議に行くと、記事と同じ内容を繰り返すばかりか、まるで人を人とも思わぬ態度。ここまでバカにされたらもう決起するしかない、と思いました。
5年条項の撤廃を掲げて、座り込みの抗議ストを行うのはいいとしても、その場所をどうするか。そのために、京大キャンパスの最も目立つ地点であり、いわば象徴的な場所でもある時計台前の広場を選んだのは、ごく自然なことでした。なぜなら、当時ほとんど知られていなかったこの5年問題、そして大学非常勤職員が置かれている状況を、広く学内や社会にアピールするためには、人通りも多く、人目につきやすいこの広場が最適であったからです。ここは多くの学生、職員が行き交い、学外からの観光客も訪れ、イベントも開催されるようなパブリックフォーラムです。言い換えるなら、そこに張られた私たちのテントは、2600人の京大非常勤に対してストライキに立ち上がるよう呼びかけるためのピケットラインであり、そして同時に、広く世間に5年条項の不当性を訴えるためのデモンストレーションの場でもあったのです。
また、そもそも私たちには(再三の要求にもかかわらず)組合の事務所が与えられておらず、争議中の団結維持や情報交換など、ストライキの実効性を確保するためにも、キャンパス内で座り込みを行うことが必要であったのです(付随的職場占拠)。
さらに、雇用期限の切れた4月1日以降は、雇い止めの無効を主張し、京大図書館での新たな仕事をあっせんするよう、そしてそのために団交を開催するよう、当局に対して訴えています。当局側が主張するように、私たちが各部局ではなく京都大学によってこそ雇われているのだとするなら、自らの雇用を防衛するために占拠すべき職場はまず何よりも京都大学であり、その象徴でもある時計台前広場に他なりません(積極的職場占拠)。
さて、こうして時計台前でストライキを続けるあいだ、私たちは団交の開催を求めて当局と交渉を続けてきました。団交に応じさえすれば、テントは自主撤去する旨の申し入れも、繰り返し行っています(乙9号証)。しかし当局の態度は、不当な人数制限を私たちに強要したり、責任者の岸本佳典総務部長が予備折衝を一方的に打ち切ったり、その後、一切の交渉に応じないと言い出したり、一貫して不誠実なものでした。そこで私たちは仕方なく、京都府労働委員会へ、団交開催のためのあっせんをお願いすることになったのです(乙5号証)。
大学は、私たちのテントが「不法占拠」である、と言います。そして「施設管理権」を振りかざして、私たちのテントを強制撤去しようとしたり、教授会で警察の導入を匂わせたり(乙6号証)、電気コードを切断したりする等の、執拗な嫌がらせを行ってきました。
また、訴状の中で、私たちのストライキが無届け集会であるから不法占拠である、という論理を展開していますが、しかしそもそも組合の集会を許可制にすること自体、憲法で労働者に保障された集会の自由、あるいは団結権、団体行動権を侵害するものとして、違法なものです。
正当な争議行為である私たちの訴えに対して、なんら誠意ある対応を行わず、かえって強権的手段をとる今の京大当局の態度は、長くこの大学にいる私たちにとって、とても理解しがたいものです。
どうか当局は話し合いに応じてください。
4 ドラム缶風呂について
訴状では、原告は入試時のデモストレーションについて、問題にしたい書きぶりですが、正直にいいましてその理由がわかりません。
争議行為ですので、当然わたしたちの考えがわかるように、情宣活動はしてきています。
入試時はストライキを始めて3日目、この5年条項についてまだ多くの人が知らない時期でしたので、ここに問題が存在しているということを知らせるのが、訴えの一番重要な点だと思っていました。入試の邪魔をすることは目的ではないので、昼休みにアピールをしました。つい、試験で緊張している受験生の気持ちを転換させたり、やわらげたいという思いが強くなりすぎて、ストライキなのに肝心の主張をいいたりないくらいでした。もちろん、おもしろみをもった感じで、
「墨汁でもって、答案用紙には大きな文字で、くろぐろと、くびきりやめろ、と書いてください。」
なんていったり、
「みなさんがんばってください。しかし3月でくびになるわたしたちは、4月新入生となった君たちに会えなくてさみしい気持ちになります。」といったりしました。正直な気持ちでした。
また、ドラム缶風呂のパフォーマンスを行ったのは、全ての入学試験が終わった夕方です。それは受験生にとって、長い受験勉強から解放される瞬間です。外でお風呂に入るという形で、その解放感を共有しながら、「受験生を全員合格させよ」なんていいながら、くびにするな、というシンプルなメッセージを伝える、とても上質なデモストレーションだったと思います。(警官が来ましたが、入り口付近でおもしろがって見ているだけでした。)
5 くすのきのこと
そもそも、ストライキを始めて二日目、時計台前の広場にテントを立てていると、職員課からそこは交通の邪魔になるといわれ、仕方なしに、くすのきの根本に移動したわけで、我々にとっては、とくにこの木の元でストライキをしていることに意味はありません。原告はシンボルといっているが、いったいそれはどういう意味なんでしょうか。
私たちは、毎日くすのきの下にいるうちに、この木に親しみを感じ、また雨や風から守っていただいているという気持ちになってきました。なので、原告から言われるまでもなく、この木の生育に対して我々が悪影響を与えていないか心配してきました。
生態学者や樹木医などの専門家から意見を聞くと、土を踏み固めるのがよくないとのことでした。それで、出入り口を前にする、テントの規模を縮小するなど、最大限、足を踏み入れるところを減らすように努力してきました。(乙9号証)
それに対して、原告はいったいこのクスノキに対して何をしてきたというのでしょうか。
原告はストライキをしている場所について「地盤を荒らすな」とか、芝を荒らすな(施設部)、などの指摘をしてきました。それは、クスノキの生育にとっては全く的はずれな意見です。その的はずれな感じが示しているように、原告はこの木に対してちゃんとケアをしてこなかったのです。
樹木医さんはいいます、木は森の状態であるべきなのに、一本で立っていること自体でケアが必要だと。そのうえ、この木は、学園紛争当時、のこぎりで切られたり、火をつけられたりなどの傷を負っています。それなのに原告は5年前に木が弱ったからといってDoパイプを10本埋めるなどの場当たり的なことをしただけで、たいしことをしてこなかったのです。そればかりか、十年くらい前でしょうか、時計台周辺をきれいにする工事で作られた、クスノキの植え込みをぐるっと取り囲んでいる大理石の石組み。排水口がなく、これでは「滞水の可能性」があり、この木にかなりのダメージをあたえているだろうとのことです。
シンボルという言葉が何を指しているか不明ですが、いままで見かけをきれいにするだけで大してケアをしてこなかったのに、仮に木の生育が悪くなれば、私たちのせい、損害賠償まで請求するなんて、笑止千万、いいがかりにも程があります。
6 もはや訴えの利益はなし
裁判長、見てください(乙10号証)。
我々は、もうクスノキ下を占拠していません。
原告の訴えの利益はないと思いますが、いかがでしょうか?

by unionextasy
| 2009-07-01 14:28
| 私たちの主張






