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1/18のエントリが、pdf版で読みにくいという声が多かったので、テキスト版で再掲します(内容は同一です)。
中村和雄さんインタビュー
これまで裁判闘争を一緒に闘ってきた、弁護士の中村和雄さんにお話をうかがいました。
■■「格差」から「底上げ」へ■■
――京都市の問題と、京大が抱えてる問題がすごく似てるなと思ったんです。というのは、いま京大は京セラやロームから金もらってバンバン箱物を建ててますが、京都市でも、水族館や京都会館で同じようなことをやってますよね。あと、例えばiPSや白眉プロジェクトに巨額の資金を集中したり。こんどリーディング大学院とかいう全寮制の大学院を作るらしいんですけど……。
中村 え? 何それ? リーディングって、読むリーディング?
――いや、リーダー養成ですかね。
中村 うわー(笑)。
――それに予算をつぎこむとか。京都市も、一部の小中学校でエリート養成やってるじゃないですか。発想自体がすごく似た感じを受けるんです。
中村 だからね、一部のエリートだとか強い人たちをどんどん強化していったら皆を引っ張ってくれるっていうのは、まさに規制緩和のときの、小泉構造改革の理念だよね。それでやってったら強い人たちは強くなるけど、弱い人たちを引っ張ってくれないで(笑)、ますます格差が開いたというのが今の現状なわけじゃない? だから、そういう政策ではうまくいかないんだと。
一部のほんのひと握りの人たちだけがすごく裕福になったけど、全体としては底辺にひじょうに貧困な人たちが増えて、格差が広がっちゃった。これからはそういう政策はもうやめにしてね、全体を引き上げる「底上げ」をしなくちゃいけないんだっていうのが世のトレンドだと思ってるんだよ。
■■公契約条例とは?■■
――「脱原発」と並んで、中村さんの持論である「公契約条例」について聞きたいんです。座り込み(くびくびカフェ)をしていて、警備員さんや掃除の人と仲良くなって、この問題、すごく京大と共通しているなあと思ったんです。競争入札でどんどん安くなっているって話も聞きますし、4月に業者が替わったんですよね。ダンピングで新しく安い業者に替わって、もちろん労働条件も下がったし、新しい会社に移れなかった人もいて……。
中村 おかしいよね。裁判所もそうなんですよ、今。仲良かった家庭裁判所の警備員の人がこないだ挨拶してきて、「私はもうこれで終わりです」と。4月から別の業者になって雇ってもらえないんですって言うんだけど、どう考えても解雇だよね(笑)。ずっと仕事があって、同じように続いているのに、入札で取れなかったというだけで仕事を奪っちゃう。仮に仕事が継続しても、結局、労働条件グッと下げられてまた続くわけだよね。
ふつうの直接雇用だったら絶対許されないことを、下請だとか使って、国や裁判所や大学がいちばん率先してやってる。本当にけしからんやり方だと思いますね。だから、そこに規制をかける。一定の歯止めとして公契約条例はすごく意味があるので、まず第一歩だと思うんだよね。
――大学でも派遣や外注化がどんどん進んでいます。京都工繊大の図書館が、この春から丸ごとアウトソーシングされました。「時給1000円」を保障して官製ワーキングプアをなくそうという公契約条例ですが、雇う側の反応はどうですか?
中村 中小企業の人たち、建設、土木、印刷だとかね、そういう業界の人たちがすごく反応いいです。入札制度がもう行くとこまで行っちゃってるんだよね。仕事がないのに、毎年毎年、どんどん落札価格が落ちてるから、もう底になってる。赤字なのに仕事せざるを得ない、そういうことの繰り返しになってるから、なんとかしてほしいという思いがすごくあるんですよ。まあ、大昔はたぶんそれを「談合」という形でしのいできたのが(笑)、談合ができなくなって、とにかく滅茶苦茶にダンピングし合ってるという、そんな状況です。
■■有期雇用をどう規制するか■■
――労政審で今、有期雇用の規制について議論されてますが、労働側は5年の出口規制(※5年たったら無期雇用に転化させる規制)で妥協しました。
中村 本来あるべき姿は、まず労働条件引き上げてね、ちゃんと同一労働同一賃金の環境を貫徹すべきことが絶対重要だと思うんだけど、それはなかなか経営側の反対もあって難しいと。
それで何を考えたかっていうと、韓国がね、(2007年に)非正規職保護法を作ったじゃない? それが「中規職」といって、労働条件は正規と同じにはならないけど、今のままの処遇で期限なしになる。たぶんそれと同じことを今度は出してきたと思うんだよね。
――それはそれで何もないよりはマシなような……。
中村 まあ、一歩前進といえば一歩前進なんだけどね。
――というのは、有期雇用のいちばんの問題点は声を上げられないことだと思ってるんです。有期だと、声を上げたらすぐに切られちゃうというのがあって。
中村 ただ、まあ、5年の壁があるけどね(笑)。5年までは声を上げられなくって、5年たって無期になったら言えるという。
――うーん。5年は長すぎですね。
中村 ちょっとおかしいなと思ってるのは、判例で積み重ねてきたわけじゃない? 一生懸命に裁判やって、1年雇用であろうとちゃんと期待権があって、継続雇用の期待があれば解雇しちゃいけないと。そこまでせっかく裁判所の到達点を持ってきたのに、今の5年のやつを作っちゃうと、5年以内だったらいつでも首を切ることを許しちゃうことになりそうだよね。
――それは皆、強く心配してます。
中村 ぼくもそう。たとえ5年以内でも、期待権が認められるような場合にはちゃんと継続雇用を認めなくちゃいけない。そこをきちんとしていかないと、5年までは自由に切れるんだということでの法律化ってことになると……。
――デメリットのほうが大きいと。
中村 もしそうなっちゃうとね。
――やっぱり入口規制(※合理的な理由がないと有期雇用を結べないとする規制)が必要ですか?
中村 うん。ぼくは入口規制、絶対必要だと思うけどね。それとやっぱり同一労働同一賃金という均等待遇のところに手をつけないで、無期になって同じ仕事をしても全然、均等待遇じゃないようなね。そういう法律を作られちゃうと、運動的にマイナスにならないか心配してます。
――一応、労政審ではパート労働法の改正も議論してるんですよね。
中村 そっちは少し均等待遇的なことを入れたがってるけど。ぼくもずっとやってきて、均等待遇をね、しっかり法制化したり運動化していくことが今いちばん重要なのかなって気がしてるんですよ。そこが根幹かなあって思う。
――同感です。やはりやってて思うのは「差別」ですよね。非正規差別、女性差別という問題があって、それをずっと放置してきたっていう。
中村 今回の労政審のやつも、5年たったら無期限にするんだけど、差別してもいいってことを認めるような法制になっちゃうんだよね。
■■国民健康保険■■
――国保、ぼくも滞納してるんですが、京都市でいま2万世帯が保険証を取り上げられてるとか……。とにかく高いですよね。
中村 高い。特に、収入がそんなに高くない人に、子供が多くなればもう本当に大変になるし。
――労働運動やってて、雇用問題が社会保障の問題とセットなんだなって、最近すごく感じるんです。
中村 ヨーロッパと比べてひじょうに問題だと思ってるのは、例えば1年契約のパートや派遣であっても、当然に企業が健康保険に入ってる。経営者負担で入れるっていうのが本来の常識じゃない? 日本の場合はどれだけの継続の見込みがあるかというところで、脱法的にそういう人たちを全部、健康保険から排除してきたわけです。だから国保に、働いてる人たちがすごく多いわけだよね。
――なるほど。
中村 本来、国保っていうのは自営業プラス働けない人たちの保険なわけですよね。でも、働いていながら国保の人たちがこんなにいるわけ。だから、経営者の責任回避だね。企業が自分のところで雇っている従業員に対してどれだけの負担をするかというところで、日本の大企業っていうのはすごく少ない。国保問題っていうのはその典型だと思うんだよ。もっとみんな健康保険のほうに移行してないとおかしい。
■■京都会館の建て替え■■
――岡崎の京都会館……前川國男の建築を壊すっていう話ですけど、完全に決まったんですか?
中村 高さ規制の景観条例もあったり、いろんなことがあるから、どういうふうに直すかってことをずーっと審議会で議論してたんだよね。10年間かけて議論してきたんですよ。それで、全面的に保存して、内部だけ改修するA案と、舞台のほう少しだけ上げて、だけど基本的には残すB案と、そのどっちにしようかというとこまで来てたんです。それが10年間の蓄積。それを完全に無視して、第1ホール全部建て替えに変わっちゃってるわけ、今。じゃあそのことをちゃんとどっかで審議したのかっていったら、ほとんど審議してないんだよね。お金だけのことで、ロームとの話で全然違う案に変わっちゃってるわけじゃない? ぼくはそのプロセスが、あまりにもひどすぎると思う。
――それは水族館もそうですね。
中村 うん。完全にトップダウンで、勝手に今までの議論を全部無視してやっちゃうわけね。で、あんな貴重な建物を、全然議論もなしで3月で終わりってやるわけだから。
――オペラを誘致したいようですが、近くにびわ湖ホールがあって、大阪にもフェスティバルホールが出来るし、どういう採算を立ててるのかさっぱり分かりません。
中村 こないだ説明会を聞いても、この後、運営費がいくらかかって、どのぐらいの維持費になるかという計算もしてないんです。それで、あんなものを出してくる。
――それこそ神戸空港みたいな、杜撰な見通しですね。
中村 だから、岡崎活性化なんとかってあるよね。その中の目玉にしたいと思って、立派な施設ってことを勝手に言い出してきただけだから。岡崎に観光客を呼べるようにしましょうと、そんな発想でしかなくってね。京都の岡崎地区というのをどう位置づけるのか、京都会館というものは市民にとってどんなものかっていう議論がひじょうに不足している。
■■橋下現象をどう見るか■■
――最後に、橋下さんのこと聞いてもいいですか? なんだか〝改革〞が右派に奪われているような感じがするんです。それこそ左派が労働組合なりなんなりで掬い上げるべきところが全部持ってかれてるっていうか……。中村さんは、橋下現象をどう見ますか?
中村 現状にひじょうにみんな不満を持ってる。で、どう変えるかというときに、極端に大衆受けするようなことをボーンとぶち上げてね、それで引っ張っていこうっていう橋下流にみんなが夢を託しちゃうんだけど、いわゆる革新系左派の人たちが、そういう夢をボーンってぶち上げてないんだよね。
――うーん。
中村 だからもっと改革の方向性をちゃんと示して、こういうふうにしようってことをぶち上げる必要があると思うんですよ。そこがすごく弱いと思うし、とりわけ労働組合が沈滞しちゃって、全然エネルギーなくなっちゃってるんで。
――どうしたらいいでしょう(笑)。
中村 世界的には、すごく夢のある人たちが組合の中からいっぱい出てきてるわけだから、まず日本の労働組合はソウルに行って(笑)、韓国の運動を学ぶことから出発したらいいと思うけどね。なんか往復3万円で行けるらしいし(笑)。ソウル市長選挙があって画期的に変わってるわけだから。学ぶところいっぱいあると思うなあ。
正規と非正規の問題も、労働組合がきちっと議論して、全体としての運動につなげていく。日本の政治を変えるためにはこういうふうにしていったらいいと。非正規をなくすためにはどうしていったらいいとかね。そういう大きな議論をどんどん提起して出していくと、非組合員の人たちも理解を示してくれるし、そのうち組合員も増えていくはずだと思うんだけどね。
――しかし、橋下さんの組合叩きはすごいじゃないですか(笑)。
中村 異常だよね。
――ですよねえ。
中村 異常だけど、大阪市役所の労働組合のほうに、それを許すような弱い面もあるわけです。だって勤務時間中にさ、選挙の応援で抜けていって有給も取らずにやるっていうのは、それはやっぱり非常識なんで(笑)。だけど、組合事務所を出て行けなんて言えるかどうかは全然別の問題だし……。
――ユニオンエクスタシーは京大に「事務所をよこせ」ってずっと言ってるんですけど、くれないんですよ。
中村 あはは(笑)。
■■労働組合の役割■■
中村 気をつけないといけないのは、いま消費者や市民の目というのは、労働組合に対して敵対的に見てるもんだから。そうすると事務所を便宜供与してるのはおかしい、無駄使いじゃないかって思ってるんだよね。そこはね、労働組合って何なのかっていうところがやっぱり……。
憲法でちゃんと労働組合の存在を認めて、労使関係を維持するためにきちっと位置づけてやっていくことが素晴らしいことだと、そういう位置づけをしてるはずなのに、なんか勝手に好きな人が作ってやってるんだから普通のサークルと同じであって、もし使うなら正当な家賃を払わなければいけないとかね。
――自分たちと関係ないものと思ってる?
中村 そう。だからそこがね、おかしくなっちゃってる。
――組合っていうのは、助け合いの組織だと感じるんです。つまり労働者にとって本当に必要なものなのに、なんでこんなに存在価値が貶められてるのかと。
中村 両方だよね。そういうふうにされてきちゃったのと、労働組合のほうが正規の労働者、自分たちの組合員の利益ばっかりで動いちゃって、非正規の人たちのことをちゃんとやらなかった。労働者全体に目が向かってなかった。それが弱点だったと思うけどね。
――ツケが回ってきたと。
中村 だから、今から、変えていかないと。
――ありがとうございました。